自らへ銃を向けたくせに、いつまでも彼女が出て行った扉から視線を動かさない"アリス"

「皆、下がれ」

周囲にいた女たちを下がらせ、広間にアリスと二人きりになると…ようやく、彼はこちらへ体を向けた。

「さて、これでいいかな」

「丁寧な対応、アリガトウゴザイマス」

「君はこの国にとって、最も大切な存在だからね。これくらい当たり前のことだよ」

今までのアリスにはないぞんざいな物言いも、慣れてしまえば面白い。

「そんじゃ、手っ取り早く用件を済まして貰おうか」

「あぁ、聞かせて貰おう」

「俺に、家を買ってくれ」

「………それは、どういう意味かな」

彼の真意が読めず、とりあえず尋ねてみる。

「アンタ、帽子屋の家知ってるか?」

「私が部下の家を訪ねる…などというマネをするように見えるか?」

「…だよな。アンタがあそこに来た日には、いくら部下だからって速攻首はねたくなるぜ」

「アリス、私は回りくどい話は好きではない。簡潔に述べて貰えないか」

「だから言ってんだろう。俺に、
を、買ってくれ

「それは認められない。アリスは帽子屋と行動を共にする事に意味がある。よって、その願いは叶えられない」

「だったら…そうだな、この国に家政婦とかいねぇ?」

「家政婦…?なんだ、女が必要なのか」

「ちっげーよ…つーか、そーいうのも嫌いじゃねぇけど。文字通り掃除洗濯ついでに食事の用意もしてくれる美人を寄こせっつーんだよ」



――― なるほど…



時間を私に預けた帽子屋は、常時お茶の時間。
よって部屋の掃除や食事といった、日常生活に狂いが生じている。
まぁ彼ひとりならば問題ないが、一緒に生活しているアリスにとっては不適当…ということか。

「あのまま、あの家にいたら、白ウサギぶっ殺す前に…俺、絶対ハウスダストとかノミとかダニとか…ありとあらゆる微生物にやられて、死んじまうんだ」

「安心しろ。そんなものでは死なないと、帽子屋が身体を張って証明している」

「あんな砂糖ばっか食ってるヤツと、この、繊細で上品なアリスさんを一緒にすんな!!」

繊細で上品な人間が、謁見中の部屋に突然現れるというのもおかしな話だが、これ以上彼の機嫌を損ねるわけにもいかない…か。

いいか!家も買ってくれねぇ、家政婦もよこさねぇっつーんなら…今すぐこの銃で頭ぶち抜いて死ぬぞ」

「…相変わらず、君のやり方は単純だな。よろしい、ではこうしよう」

目の前にある問題を、ひとつにまとめてしまおう。



既にこの国に必要な役は揃っている。

そこへ現れた、女がひとり。
そして、役目を求める者が…ひとり。




「先ほどここにいたと呼ばれた女を、帽子屋の家へ家政婦として住まわせよう」

はぁ!?なんで、アイツを!?」

「余っている人間は彼女しかいない。まぁ美人…とは言いがたいかもしれないが、愛嬌はあるだろう?それとも、城の女たちの中からひとり選ぶか?別に私はそれでも構わないよ。ちょうど別の趣向を楽しみたいと思っていたところだ」

「アンタのお下がりなんてごめんだ!」

「では、交渉成立…で、いいな」

「……帽子屋の許可はいらないのかよ」

「構わん…彼は私の部下だ。彼女を家に置くことは、私の命令だといえば逆らうことはないよ」

「撃たれたらどうすんだよ」

「その時は、また別の人間が来るまで…君が、自らを守るために日々の家事に追われることになるのではないかな」

「あのさ…それって、暗に俺に上手いことやって、帽子屋にアイツを認めさせろって言ってるのと同じじゃね?」

「さすが、繊細で上品な上に聡明なアリスだ。私も、珍しい声で啼く鳥を手放すのは惜しい。出来れば時折顔を出させるようにしてくれたまえ」

「くっそ…白ウサギ殺す以外に余計な厄介ごと押し付けやがって…」

わざと聞こえるように文句を言いながらも、胸元へ手を当て、恭しく頭を垂れる。

「わかりました、女王陛下」

「帽子屋に、よろしく伝えてくれ」

「へいへい…んじゃ、俺、どーすりゃいいんだ。もう帰っていいの?」

「彼女に説明をしてから、連れ帰ればいい。城から放り出しては、帽子屋の家まで辿り着けないだろうからね」

「あー…まぁ、そうだな。どっかの猫に食われちまうかもしれないし、な」



猫は既に、彼女に目はつけている。
なんせ、ここまで連れて来たのは他でもない…、なのだから。




けれどそれは、心の中で呟くだけにして、手元にあったベルを鳴らしてメイドを呼ぶ。

「お呼びでしょうか」

「先ほどの者をここへ」

「かしこまりました」

頭を下げて、部屋を出て行くメイドを見て、アリスがぽつりと呟いた。

「城のメイドって、やっぱ…いいわ」

「ふふ…君とはその点では趣味が合うようだな」

「…あのメイド服は、アンタの趣味か?」

「ご想像にお任せするよ」



服など、本当は必要ない。
どうせ、誰も彼も…ただの私の監視だ。

ただ、ここへやって来る者の目に触れさせて支障がないよう、着せているだけ。




全て…コマだよ

「あ?なんか言ったか?」

「いや…ただの独り言だ」





一体、何がしたい…白ウサギ。
もう、最後のゲームは始まっている。

それなのに、お前は…
これ以上登場人物を増やして、何を望む?





NEXT Are you Alice? - blot. #10
Coming soon…

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